リビングには、重苦しい空気が流れてた。
両親は夏香のほうを見た。
「春菜ちゃん、全然かっこよくなかったねー!」
リビングに顔を出すと林さんも夏香も正座してうつむいてた。
塾から帰ってくると夏香も林さんもいなかった。
『勉強がんばってね。J大は英語を中心にやったほうがいいわ。お父さんのことよろしくね。』
・・・優等生らしい手紙。
それからまもなくして夏香は林さんと結婚した。
部屋で勉強してると母が顔を出した。
・・・お姉ちゃんも辛かったんだ。
「ねぇ、春菜?」
母は切なそうにでも嬉しそうに言った。
塾をやめた日、お姉ちゃんに電話してみた。
「で、どうしたの?」
「あとね、もう一つあるんだけど。」
あれからお姉ちゃんとマメに連絡を取って自分の行きたい大学を決めた。
お母さんも『いいんじゃない。』と言ってくれた。
入試までの間、恭子と放課後に勉強した。
「ただいま。」
春休みになって早速三人で遊園地に出かけた。
「楽しかったね。」
海に着いたら辺りはすっかり暗くなってたけど、でも波音がいい感じだった。
その後、お姉ちゃんの結婚をきっかけに私達家族は変わった。
そして将来の夢ができた。
これが私の決めた道。
家に帰ると夏香の靴があった。
平日なのに夏香がいるなんて珍しい。
「ただいま。」
階段を上がろうとすると夏香がリビングから出てきた。
「おかえり。ずいぶんゆっくりなのね。
「図書室で勉強してたから。」
「ちょっと報告があるの。春菜も来て。」
「・・・。」
大した用事でもないくせに。
仕方なくリビングに行くと家族みんなそろってた。
夏香の隣には知らない男がいた。
「春菜ちゃんこっち。」
美冬の隣に座る。
「こちら同僚の林さん。」
「はじめまして、林浩輔です。」
林さんとかいう人が深々と頭を下げた。
短髪の黒髪で細長い目。
肌は白くて、ヒョロっとした胴体。
どこをどう見ても夏香が選ぶような人じゃなかった。
「私、林さんと結婚するから。」
「夏香?何を言ってるんだ。」
父がわけのわからない顔をして言った。
「だから結婚するの。」
「結婚って・・・いつ?」
母がためらいながら聞いてる。
「近いうちよ。遅くても来月には籍をいれるつもり。」
「来月なんて、式はどうするの?」
「そんなのやらないわ。結婚にお金をかけたくないの。
そのかわり旅行にはお金をかけるつもりよ。」
夏香がそういって旅行の話をしだすと父がさえぎった。
「そんなことは、聞いていない!」
母が慌てて私と美冬に言った。
「あなたたちは部屋に戻ってなさい。」
「はぁい。」
美冬が部屋に戻るなり開口一番に言った。
「そうだね。」
「お父さん、絶対反対するよね。」
「うん。親子の縁切るかもよ。」
「まっさかー。」
美冬が笑って否定した。
でもリビングからは父の怒鳴り声がした。
「塾にでも行こうかな。」
「あっ、私も行かなきゃ。」
「塾に行ってくるね。」
美冬が言うと母が
「いってらっしゃい。きをつけてね。」
と母が言っただけで父は無言だった。
父は新聞を読んでた。
私の顔を見ると表情も変えずに言った。
「ちゃんと勉強しろよ。」
「・・・わかってる。」
私は夕食を食べて部屋に戻った。
荷物を机の上におくと夏香からの手紙に気がついた。
手紙をクシャクシャに丸めてゴミ箱に捨てた。
捨てたくせに夏香の言うとおり英語の教科書を開いてる自分がいて笑ってしまう。
結婚の挨拶はハガキ一枚だけだった。
夏香が結婚しようと私には関係なかった。
でも夏香が両親の反対を押し切って何かをしたのは初めてだった。
父も母もひどくショックを受けてるみたいだった。
そして夏香はあれから一度も家には帰ってこなかった。
母も夏香のことを口にすることはなかった。
おかげで夏香と比べられることもなくなった。
私は夏香に対する重荷がとれてホッとした。
でも受験の重荷がいっそう増した気がした。
「頑張ってるわね。」
驚いて振り向くと紅茶を持った母がいた。
紅茶を手渡すとベッドの上に座った。
そして深呼吸してから言った。
「面談の後に春菜が言った言葉、胸に響いたわ。
無意識のうちに夏香とあなたを比べていたのかもしれないわ。」
紅茶を飲みながらそう言った。
「どうしたの?」
「この間ね、夏香に言われたわ。」
「え?」
「お母さんは私と春菜を比べすぎだって。おかげで春菜には嫌われちゃったって。」
「へぇ。」
「夏香ってばすごく寂しそうに言うの。」
あの夏香がそんなこと思ってたんだ。
「夏香がね、反抗したのは初めてだった。今までただの一度だって反抗したことはなかったの。
文句一つ言わずに私達の言うことを聞いてきたわ。
でも今度だけは好きなようにさせてもらうからってはっきり言われたわ。」
「そうなんだ。」
親の期待に応えつづけたお姉ちゃん。
苦しかったよね、きっと。
私は何も知らなかったんだね。
自分のことで精一杯だった。
「何?」
「お願いがあるの。」
母からお願いされたのは初めてだった。
いつもお願いじゃなくて強制だったから。
「夏香と一緒に自分の行きたい大学を決めて欲しいの。」
「何言ってるの?」
「J大じゃなくてもいいの。夏香と二人で決めた大学だったらどこでもいいの。」
「なんで・・・お姉ちゃんと決めなきゃいけないの?」
「夏香を頼ってあげてほしいの。春菜に頼られたいのよ、あの子は。」
「そんなこと・・・。」
「春菜がイヤなのはわかってるわ。でも、お願いよ。夏香の意見を聞いてあげて欲しいの。」
母がとても苦しそうに顔を歪めた。
「どういうこと?」
「あの子が遊びに行きたいといっても勉強を優先させて遊ばせなかった。
あの子が行きたいと言った高校も無視して無理やり紫苑高校に行かせたわ。
夏香の意見を一度も尊重してあげたことはなかった。そしたらあの子、文句も言わなくなった。
その夏香が意志を貫いたの。林さんが変えたのね。」
お姉ちゃんに頼るなんて不本意だけど。
今回ぐらいは頼ってもいいかなって思った。
「わかった。そうする。でもお願いがあるの。」
「なに?」
「塾、やめたいの。あと家庭教師も断って欲しい。」
「どうして?」
「塾なんかに行かなくても自分で勉強できる。一人でやったほうがはかどると思うの。」
「・・・わかったわ。自分で決めたことをやりなさい。」
「ありがと。」
「これ夏香の連絡先。電話番号しかないけどね。」
母は笑ってたけど悲しそうだった。
ビックリしてたけど、笑って会うことをOKしてくれた。
駅に行くとお姉ちゃんがすでに待っていた。
「春菜。」
ニッコリ笑って手を振った。
左手の薬指には小さな石が光ってた。
「ご飯食べた?」
「まだ。」
「じゃあ食べに行こっか。おごるわ。」
「うん。」
席に座るとお姉ちゃんが聞いてきた。
「大学なんだけど・・・。」
「うん?」
「志望校を変えようと思ってるの。」
「今から?」
「うん、それでお姉ちゃんにも手伝って欲しいの。」
「私に?」
驚いた顔で私を凝視した。
「うん。ダメ?」
「ダメなわけないじゃない。喜んで手伝うわよ。でもお母さん反対しない?」
「反対なんてできるわけないよ。」
「どういうこと?」
「お母さんの意見だから。」
「え?」
「今まで一度もお姉ちゃんの意見を聞いてあげなかったから、私にお姉ちゃんの意見を聞いてあげて欲しいって。」
「そう・・・。」
涙を浮かべてた。
「何?」
「これはお父さんから。」
「お父さんから?」
「今度、林さんと遊びに来なさいって。」
お姉ちゃん、ついに泣き出した。
こんなことで泣けるほど苦しかったんだ。
はじめてお姉ちゃんの気持ちがわかった気がした。
J大よりワンランク低いけどS大にした。
お姉ちゃんが文章を書くのが上手だから文学部を勧めてくれた。
第一志望をS大の文学部に決めた。
担任にも報告をしたら、S大なら大丈夫だろうって太鼓判を押してくれた。
それから、私は無理のない勉強をコツコツした。
成績は無理してた時より伸びた。
お母さんもそれを見て『よかったじゃない。』って言ってくれた。
そして受験当日。
試験会場に行くと門の前に沙織が立っていた。
真っ赤なマフラーを首にぐるぐる巻きにして寒そうに立ってた。
「沙織?」
「仲直りしようと思って。」
「ごめんね、いろいろ八つ当たりしちゃって。」
「私こそ無神経なこと言っちゃって。これもらってくれる?」
私の前に袋を渡された。
「何?」
「お守り。手作りだからご利益ないかもしれないけど・・・。」
「ありがとう。あと推薦決まったんでしょ?おめでとう。」
「ありがと。春菜も頑張ってね。」
合格発表を見に行った帰りだった。
「春菜ちゃん!」
振り向くと美冬がいた。
「美冬も今帰り?」
「うん、友達と遊んでたの。お互いに高校が決まったからそのお祝い。」
「そっか。」
美冬も紫苑高校に入学することが決まっていた。
お姉ちゃんも林さんとうまくやってるみたいだし、全てが順調に動き出していた。
「おかえり。あら、二人とも一緒だったの?」
お姉ちゃんがリビングから顔を出した。
「うん。」
「もうちょっとそこで待ってて。」
そういうとリビングに戻ってしまった。
「なんなんだろう?」
美冬が不思議そうにしてる。
しばらくしてお母さんが来た。
「お待たせ。さあ、いらっしゃい。」
リビングに入ったらクラッカーの大きな音が鳴り響いた。
「おめでとう!」
「わぁどうしたの?」
美冬が嬉しそうに聞いた。
「林さんが提案してくれたのよ。さぁ荷物置いてこっち座りなさい。」
お母さんが嬉しそうに言った。
「はぁい。」
「このケーキもしかして手作り?」
「そうよ。私とお母さんで作ったのよ。」
お姉ちゃんが嬉しそうにしてる。
お母さんもニコニコしてる。
「これはみんなから春菜と美冬に。」
お母さんが差し出した。
「なになに?」
あけてみると遊園地の一日パスポートが2枚。
「二人で一日思う存分遊んでらっしゃい。」
「やったー。ありがとう」
美冬ってばホントに嬉しそう。
遊園地に行くのなんて幼稚園以来かも。
「ねえ、お姉ちゃんも一緒に行こうよ。」
「春菜?」
驚いた顔で私のこと見た。
「三人で行こうよ。」
「美冬・・・。」
「三人で行ってこい。ほら。」
お父さんがお姉ちゃんにも遊園地のパスポートを渡した。
「お父さん?」
「お父さんとお母さんからの結婚祝いだ。こんなのですまないな。」
「そんな・・・ことない。嬉しい!ありがとう。」
泣き出してしまったおねえちゃんを林さんがそっと抱きしめてた。
三人ともすごいはしゃいでた。
乗り物もいっぱい乗ったしお土産もいっぱい買った。
お姉ちゃんとの間に会ったみぞもなくなった。
すごく楽しかった。
「うん。美冬、大騒ぎしてたもんね。」
「春菜ちゃんだってはしゃいでたじゃん。」
二人で笑ってしまった。
「海行こうよ!」
「今から?」
「うん。春菜ちゃん行きたがってたじゃん。」
「そうだね。行っちゃおうか!」
「うん!」
「なんか、落ち着くね。」
「うん。」
「ねえ春菜ちゃん。受験生ってすごい大変だったけど、でも受験があってよかったよね。
みんな仲良くなったしお父さんもお母さんも前より寛大になったし。夏香ちゃんも幸せそうだし。」
「そうだね。無駄じゃなかったよね。今度は恋愛がしたいなぁ。」
「私も!カッコイイ彼氏つくるの!」
目を輝かせて美冬が笑った。
「帰ろっか?」
全てにイライラしたあの頃。
お姉ちゃんのことも両親のことも嫌いだった。
無理をし続けた受験生活で成績も伸びなくなった。
ストレスもたまったし、それが原因で沙織とケンカもした。
今までは、食事して勉強して寝るだけの生活で家族間の会話なんてなかった。
でも今は違う。
今日はこんなことがあったとか他愛のない会話がある。
私達、家族は全てが始まったばかり。
これからいっぱい家族と一緒に過ごしていきたい。
お姉ちゃんともいっぱい話していきたいし、もっともっと仲良くなりたい。
お母さんとも買い物行きたいし美冬とみんなで出かけたりもしたい。
これからいろんなことをやりたいと思う。
大学で日本語や古代文学を学んで教員免許を取りたい。
高校の先生になりたい。
受験生の気持ちがわかる先生になりたい。
そのためにも今は頑張って勉強しようと思う。
誰かに言われてやるのではなくて自分で決めた道のためにやる。
これがすごい大切なことなんだってわかったから。
お待たせしました。
2002/7/18
あとがき
やっと後編upです。
多少変えたりもしましたが、ほとんど去年のままです。
自分はこんな悩みがなかったので苦労しました。(笑)
でも春菜ちゃんみたいに悩んでる人もきっといると思います。
そんな人たちの励みになったら嬉しいです。
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